“剥がす技術”で、電子機器を小型・薄型化へ導く。

“剥がす技術”で、電子機器を小型・薄型化へ導く。

PROFILE

市川 慎也(いちかわ しんや)
金沢大学大学院 自然科学研究科 物質工学専攻。2007年、リンテック入社。剥離材料研究室にて剥離フィルムの研究開発に携わった後、積層セラミックコンデンサの製造に欠かせない剥離フィルムの研究開発に取り組む。何よりも顧客満足を優先する、穏やかながら、誰よりも熱い思いを胸に秘める研究所のスムーズマン。

小型・薄型・軽量化が進むノートパソコンやスマートフォンなどの電子機器。その背景には、一つ一つの内部部品の小型・薄型化がある。多くの電子機器に内蔵されている「積層セラミックコンデンサ」も、その一つだ。今回、その製造工程に欠かせない剥離フィルムの開発に日々取り組む研究員、市川慎也に密着した。

Chapter 01

極小サイズのコンデンサに使われる、剥離フィルムの開発

年々高くなっていく要求性能に、いかに応えていくかが腕の見せどころ。
電子機器に必要不可欠な、積層セラミックコンデンサ

スマートフォンやノートパソコン、デジタルカメラなどの電子機器には、実にさまざまな電子部品が内蔵されている。どんな電子機器も、幾つもの電子部品が複合的に機能することで、初めて製品として成り立っている。そんな電子部品の一つに、積層セラミックコンデンサがある。積層セラミックコンデンサは、機器内で流れる電流の量を調整するために使われている電子部品で、1台のスマートフォンに400から500個、薄型テレビには約2,000個も内蔵されている。そしてこのコンデンサの一つ一つの大きさは、なんとシャープペンシルの芯の太さ、0.5㎜以下の極小サイズ。そんな積層セラミックコンデンサの製造工程で欠かせないのが、市川が開発に携わっているフィルムだ。このフィルムは、シールやラベルの台紙、すなわち剥がしてしまう剥離紙・剥離フィルムの技術をベースにしたもの。コンデンサ内の薄膜セラミックス層は、このフィルムにペースト状のセラミックスを塗布し、加熱乾燥後に剥がすことでつくられる。

極小サイズゆえに求められる正確性

積層セラミックコンデンサの小型・薄型化が進むにつれ、剥離フィルムにはより高い精度が求められるようになってきている。「スラリーと呼ばれるペースト状のセラミックスをはじくことなく、薄く均一に塗布できることが求められます」。コンデンサ内部に何百層も形成されるセラミックス層は、1枚の厚みが1ミクロン未満と非常に薄いため、スラリーを塗った際に、液をはじいてしまったり、穴が開いてしまったりするリスクが高い。「以前はシートが今よりも厚かったので、多少はハードルが低かったんですけど、最近は、ますます薄くなってきていますね」。

剥離フィルムに求められる品質性能として、ハイレベルな表面の平滑性はもちろん、乾燥工程で熱収縮によるしわ・たるみが発生しないこと、型抜き後は簡単かつ、きれいに剥がれることなどが挙げられる。これらの高い要求性能に応えるためには、精密薄膜塗工技術やハイレベルな剥離処方技術などが不可欠である。このフィルムの開発は非常に難易度が高い。市川は持っている知識・技術の全てを使って開発に挑んでいる。

積層セラミックコンデンサの製造工程

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Chapter 02

製品の進化に合わせて、多機能を1枚のシートに集約していく

お客様や工場とのやり取りが、開発の鍵を握る。
さまざまな性質を併存させる難しさ

積層セラミックコンデンサの製造工程に欠かせない剥離フィルムは性能のバランスを調整することがとても難しいと、市川は言う。要求性能の一つとされる“最適な剥離力”とは、剥離する工程では型どおりにシートからきれいに剥がせて、その前工程では、フィルムにシートがしっかりと保持されることをいう。さらに、スラリーの塗工性も重要な要求性能の一つである。一般的には、剥がしやすいフィルム、すなわち「軽剥離性」が求められるが、剥離力を軽くしすぎるとスラリーの塗工性が悪化して、歩留まりが低下してしまう。反対に剥離力を重くすると塗工性は向上するが、今度は剥離する工程できれいに剥がすことができず、セラミックスシートが破れてしまう恐れがある。最適な剥離力と塗工性は、同時に成立させることが困難なトレードオフの関係にあるのだ。ここにも開発の難しさがある。「いろいろと試行錯誤しながら、クライアントが求めている性能のバランスに近づけていくことが、一番苦労する点ですね」。

ニーズを聞き出し、改良を重ねていく

このフィルムは、クライアントであるコンデンサメーカーによって求められる性能が異なる。メーカーごとに塗工液の材料設計が違うため、それぞれの塗工液に合わせたものをつくらなくてはならないのだ。しかし、クライアントが求めている性能を引き出すことは、決して容易なことではない。ヒアリングや性能評価を繰り返し、営業とともにクライアントとディスカッションをすることで、必要な情報を少しでも多く引き出していく。時にはクライアントの工場に出向き、製造ラインを見学させてもらい検証を進めていくこともある。得られた情報の分だけ課題解決へと近づくことができるため、こうしたやり取り、情報収集はとても大切な仕事なのだ。また、最適なフィルムが研究所で完成しても、それを工場で量産化できるかどうかは実際に試してみないと分からない。日頃から工場とのやり取りを頻繁に重ねることで、失敗のリスクを少しでも減らすことができるのだという。

納期やコスト的な制約もある。「納期管理を含め、技術営業のような役割をこなしながら開発を進めていくことが多いので、仕事の効率には気を遣いますね。材料の配合の割合を確立するなど、仕事の進め方を“仕組み化”することを常に意識しています。やっぱりお客様の喜びを感じながら仕事ができることがうれしいですね」。そう語る市川の笑顔は充実感であふれている。

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Chapter 03

主役を輝かせるために欠かせない名脇役

中間素材メーカーとして、世の中を幸せにする進化に役立ちたい。
仕事のモットーは、人と人との潤滑油になること

学生時代には、“高分子”の研究をしていたという市川。「分野としては一緒なのですが、今扱っている“高分子”とはまったく違うので、同じ考え方にはなりませんね。でも、コンセプトを立てるときにはイメージしやすいですし、設計面に関しては勉強してきたことが確実に役立っています」。市川のリンテックへの入社動機は、社風の良さにあるという。「みんな若くて、雰囲気も良くて、自分のやりたいことができそうな会社だなと思いました。上司とも気軽に話せそうな、気さくな雰囲気を感じましたし、大学の先輩が何人か入社していたのも心強かったですね」。

そんな市川に仕事のモットーを聞いてみると、まっすぐな市川らしい答えが返ってきた。「心掛けているのは、なるべく工場の方などにNOと言わないようにすることです。もちろん、断ることが必要な場合もありますけど。私たちは営業と工場の間に立って、うまく流れをつくらなくてはいけない。人を信じて、尊重し合うことが大事だと思っています」。

新しい技術が世の中に出るための、力になる

自分の仕事が世の中に対して影響を与えているという確かな自負が、市川にはある。「実際にスマートフォンがこれだけ薄くなっていますので、自分の製品が多少は社会に貢献しているのかなという意識はあります。実際にスマートフォンの中を見てみる勇気はないですけどね(笑)」。また市川は、リンテックの技術で夢をつなぐ“担い手”として、自身が考える未来についても語ってくれた。「最終的には剥がされてしまう剥離フィルムは脇役みたいなもので、それ自体が主役ではないのですが、大きな目標に対して剥離フィルムをどう役立てていくかを考えていきたいです。一般消費者向けメーカーが出す、新しい商品に役立つ力になっていければいいなと思っています。フィルムに関して言うなら、一つのフィルムで全ての製品をカバーできるようないろんな機能を併せ持ったフィルムがつくれればいいですね」。

市川が開発に携わる剥離フィルムは、モノとモノ、技術と技術をつなぐ大切な中間素材だ。さまざまな製品の進化に決して欠かすことのできないものである。それは、市川自身にも言えるのかもしれない。人と人の間に立ち、まるで潤滑油のように営業と工場の間で流れをつくっていく。それが、リンテックが一つの組織としてうまく機能するための力となり、ひいては世の中の夢をつなぐ力になっていくのだ。日々真摯に人をつなぎ、技術をつなぐことで、夢をつなぐ研究員の姿が、そこにはあった。

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